2015年1月18日日曜日

書評:戦略不全の因果




戦略不全の因果―1013社の明暗はどこで分かれたのか

三品先生の本です。僕はこの人の本好きなんですよね。

この本の「元ネタ」は日本の上場会社の1013社の業績を網羅的に調べたこと。これによって経営本にありがちな「目立つ事例だけにフォーカスする」ということが避けられ、よりバイアスのかかっていない一般的な結論が得られるとしています。

内容を簡単にご紹介しますと…

1  成長性は「事業立地」で決まる
事業立地(≒業種)が肥沃であることが利益成長の必要条件である。不毛な立地では例外なく利益成長できない(例えば繊維業)。別の言葉では「誰がやっても失敗することが運命付けられている」。もちろん事業立地は十分条件ではなくて、肥沃な立地でも倒産していった企業は存在する。


2 「転地」の必要性
寿命の終えた事業立地から別の事業立地へ「転地」することが、経営者の「戦略」である。しかし、これは言うは易く行うは難し。第一に顧客や取引先へのオーバーコミットメント。第二に新立地への知識不足。第三に投資の不確実性(及び既存投資へのサンクコスト)。が存在する。


3 経営者の特性
転地は合議によって為しうるものではなく、一人経営者の決断に依存する。転地に成功する経営者はその困難さからして、任期の長さが必要条件となる。現在の日本企業の経営者は内部昇格を基本とし、一般社員との差異が小さく、現在の事業立地以外の知見が乏しい上に、任期も平均5〜6年と短い。このため転地に成功することは稀である。


まぁ、しかし、こうしてバッサバッサやられてしまうと、経営者になんてなれない不毛立地企業の一般社員はどうすりゃいーの、という気もしないではないですが。三品先生に言わせれば「転職できる年齢を過ぎていたならば、運が悪かったと諦めるしかない」ということなんでしょうね。

2015年1月16日金曜日

ホワイトカラーエグゼプション考

時事通信で以下の記事が出てました。
年収1075万円以上で導入=新労働時間制の素案提示 
 厚生労働省は16日、労働政策審議会(厚労相の諮問機関)分科会を開き、働いた時間ではなく成果に応じ賃金を支払う新しい労働時間制度「ホワイトカラー・エグゼンプション」について、年収1075万円以上の専門職を対象に導入する制度改革素案を示した。
管理職じゃなくて年収1075万円以上、かつ専門職となると対象は相当限られると思うんですよね。特に為替ディーラーなんてすでに結構な人たちが「年俸制」なんじゃないでしょうか?日本においては法的な根拠がない「年俸制」に法律の裏付けを与えるという現状追認的な性格が強いかと。

もっとも、労働組合などは「蟻の一穴論理」で強固に反対しているわけですが。派遣労働規制をみろ、規制業種はなし崩しに拡大した。いずれ年収要件も下がり、対象職種も広がるぞ、ということですね。

ただ、同制度で先行している欧米においても1000万円程度の年収要件は存在するわけでして、おそらくそう簡単に基準金額を下げるというわけにもいかないでしょう。利害関係者が多くなりすぎて、政治的にもたないかと。労組の懸念通り、対象職種は拡大するでしょう。


それはそれとして、実際に企業の人事戦略や制度運用に関わった身としては、どっちにしろ中期的には社会的インパクトないだろうな、と予想します。

本制度は当然のことながら人件費を引き下げたい経済界の要望に従って始まっているわけですが、まず既存社員の年収なんて法的にも、労使関係上も、さらに人材獲得競争上もそんな簡単に下げられないわけでして。制度が導入されても微妙に下がる程度ではないでしょうか。

そもそも、本制度は何を目的としているのでしょうか。記事中は「メリハリのきいた柔軟な働き方を広げ、国際的にみて低い労働生産性を引き上げる」ということですが、大企業のホワイトカラーの年収をちょいと引き下げたくらいでそれが達成されるのでしょうか。

国全体の労働生産性を上げるためには、大企業に比較して生産性が低い中小企業を政策ターゲットに含める必要があります。日本の就業者の約6〜7割は中小企業に勤めているわけですし(PDF)。企業そのものの新陳代謝(ストレートな物言いだと廃業)を促進し、解雇ルールを見直して労働市場全体の流動性を高める必要があるでしょう。

本制度ではそうした効果は見込めないでしょう。「岩盤規制と戦ってますよ」という政府のパフォーマンス感が強いですね。


長期的にみてどんなインパクトがあるのか。長期的なトレンドとして労働分配率は微減しているというのは事実なので、これもやはりテクノロジーの進歩に伴って人間の「労働の付加価値が低下している」ということの反射的効果なのかもしれませんね。